猫洞通りの家具と雑貨の店sahan

九州の旅

2019.01.26 Saturday

先日、九州の作家を訪ねる旅に出た。

前からお付き合いのあるところ、新しいところ。

ピンポイントで各県へ出かけたことはあれど、九州やや縦断一人旅は初めて。

とは言っても国内。

飛行機は1時間ちょっと。

東京へ行くようなものだけど

終始興奮しており、ようやく日常のペースに戻った感じだ。

(年だしね)

 

○1日目

 

石原稔久さんの工房へ。

昨年は、個展、よつあし展と、本当にお世話になった。

あの作品の生まれるところ。

窯や、作業場もじっくりみせてもらう。

せっかく行ったのだから、技術的な事をもっと尋ねたりすべきが

ずっと脱線していたように思う。

ただしゃべりたかっただけなのか?

ってくらいに。

でも、その中にぐっと刺さるワードがいくつもあって、刺さるアイテムがあって。

行って良かったと、しみじみ思う。

この積み重ねで、展示へつなげていく。

単純だけど、この繰り返しだけを真摯にしていきたい。

これは、次の日、最後の日、どの作家さんと会っても同じことを思った。

 

 

使わなくなった診察券も削る道具に。

ちなみに、次の日訪ねた松原竜馬さんは、期限切れのクレジットカードを使ってた。

 

 

 

○2日目

 

福岡を後にして、大分へ。

豊後高田の水垣千悦さんのところへ。

海沿いの国道を下る。

真玉海岸。

ここへの移住を決めたわけが分かるような

気の良いところだった。

 

 

ここでも、さして、作陶の話はせず

裏山へ上り木カボスやだいだいを収穫してすごす。

イノシシとの遭遇、まむしが飛ぶ話。

全然うつわに関係なし。

部屋には、今ハマってらっしゃるリコーダー、片隅に書道練習中の文机。

そんな日常を垣間見た。

それだけで水垣さんのすべてがわかるわけもないが

あの器が、この日常を含めた時間から生まれてきているのは何だかわかる気がした。

 

豊後高田を後にし、安心院へ。あじむ。読めない。

松原竜馬・角田淳お二人の元へ。

 

 

山の上に居を構え、工房を作り、製作されているお二人。

作ることと、毎日の生活がこの山で日々繰り返されている。

豊かな時間。

松原家、ぞれぞれのペースがまた心地よい朝。

ご飯は角田さんの手料理をごちそうしていただく。

すっかりお世話になった。

 

久しぶりに窯出し後の チン、チンと、器がなく音を聞きながら

今年12月の展示の話。少し仕事らしいこともし、安心院をあとに。

 

 

○3日目

 

大分を後にし、宮崎県へ。

阿蘇山を正面に臨む、高千穂五カ所の山をご自身で切り開き

家と工房を建てられた壷田和宏・亜矢さんのところ。

ナビは途中までしか案内されず、亜矢さんのナビで進む。

こんな状況の作家さんを訪ねるのは結構久しぶりで、高揚。

たどり着いてみて、さらに高まった。

作品は結構ぶっ飛んでる(と、私はおもっている)のに

穏やかなお二人。ネコ、ネコ、ヤギ。

ご自宅から、山の中腹にある窯へ上る。

道端には打ち捨てられた作品ごろごろ。

烏骨鶏は狸に食べられちゃうからと、たぶんお手製、藁の小屋の中。

興奮しすぎてあまり覚えていない。

 

どちらかというと、山に住まわれている方は固いと、勝手なイメージだったが

お二人は、たくましく柔軟だ。

そして大きくて、やっぱり少し変な気もする。

それが器に現れていて、それが分かってひとりにやけた。

ここで作られたものを見ていると、あの日の空気がすべて詰まっているように感じる。

 

大事な話はすっ飛ばし、ここでも脱線しまくり

慌てて宮崎を後にし、熊本空港からセントレアへ。

 

1000キロくらいは走っただろうか。

燃費の良い今どきのレンタカーに驚き

操作が分からず、終始無音で走り、悟りを開きそうなよき旅だった。

 

 

今回お願いした器たちは、明日(1/27)ごろからご覧いただけます。

 

 

 

○番外編

 

博多にいる友達、大分佐伯にいる友にもお世話になった。

ありがとう。

 

 

食べたかった呼子のイカ。

博多の友達は、彼女の地元ならまちでもうじきカフェを開く。

くっだらない話と夢の話で、時間足りず。

 

そして

佐伯が故郷の友。

彼女が帰省中に、私もご実家でお世話になった。

 

 

いつも話に聞いている場所。

想像していた通りの自然あふれる地。

ここで育まれて彼女が出来上がってるんだなぁと、しみじみ。

イワシ、イワシと〆た寿司は心のアルバムの中。

 

グッバイ九州。

またね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

川井有紗 amulet おまもり

2018.11.25 Sunday

 

 

 

 

 

川井有紗さんの

 

『amulet』

 

始まっています。

 

 

 

2年ぶりの個展。

久しぶりに出会う作品は、変化、進化していました。

ただ、根幹にある自然物への尊敬の念と

自然に手を動かし続け出来上がってくるものに

ブレは全くなく、精神は変わっていない。

それが、真似できない、唯一無二のものになっている。

 

装身具より、おまもり。

amulet とは、ぴったりだ。

そこに重いものは込められていない。

制作しているときが、何も考えず、楽で一番自由だと

言われていた。

人も自然物。

川井さんと、作品との境界がなくなっている時間を想像する。

だから、できあがった amulet  は、川井有紗さんそのものなんだろう。

 

素材との出会いで、作るものは変化する。

最古のビーズと言われている、ダチョウの卵の殻、真鍮のさまざまな大きさのピーズ、謎の球体。

拾われたり、見つけたり。

特別に神から与えられたものだと伝えたら、みんなそれぞれにある力だとおっしゃる。

そんな川井さんの目だから、見えるもの。

これからも、どんな素材と出会い、変化するのか。

やっぱり、見続けていきたいと強く思うのです。

 

その途中の、今の川井有紗さんをぜひご覧ください。

 

12/2まで。

心よりお待ちしております。

 

 

 

◎参考写真  

最古のビーズと言われる、ダチョウの卵のカラを使った首飾り

ボツワナ共和国

 

 

 

 

 

 

 

 

 

我谷盆について

2018.09.18 Tuesday

 

 

 

いよいよ今週から始まります

『中津箒と我谷盆』

 

ワークショップも開催します我谷盆ついて

講師でもある森口信一さんから頂いた資料

石川県歴史資料館の本谷文雄氏の「我谷盆について」から

少しご紹介しようと思います。

 

まず、読み方をよく聞かれますが〈わがたぼん〉と、読みます。

石川県山中町中心部から西南に位置する我谷で作られた木の盆です。

その町は昭和34年に、県営我谷ダムの建設により水没しました。

その時に、多くの盆が捨てられたこと

加えて地元の生活道具の域を越えなかったため

文献に紹介されることもなく、分からないことの多い盆でした。

 

その後、昭和38年発行「民芸手帖」の中で

木工家の黒田辰秋氏が盆の魅力について紹介しています。

 

 

 

民芸木工の本質的な条件を最も豊富に含む典型的な手法による木工品ではあるが

(中略)今更ながら健康な庶民生活の裏の伝統の英知の深さを教えられることだろう。

言い換えればあらゆる優れた民芸品がそうであるように、天衣無縫の作品である。

と。

 

 

 

板屋根に使っていた栗の板のコバを使い、農閑期に作られていたもので

一枚板

刳りもの

栗であること

この条件を満たしているものを我谷盆と、読んでいます。

木目に対し直角に走る丸ノミの彫跡美しい盆です。

 

 

我谷盆に魅せられた方々が、作り方などを研究しそれぞれで継承しています。

その一人が、森口信一さんです。

平成13年から我谷盆の研究を始め、平成14年には木工展−我谷盆ら魅せられて−

を、開催されました。

 

この度の展は、森口さんの我谷盆を存分にご覧いただけます。

ぜひお手に取り、天衣無縫を感じていただけたらと思います。

 

心より、お待ちしております。